この記事の結論(3行で)
- 健康診断は実施して終わりではなく、異常の所見がある従業員について3か月以内に医師の意見を聴き、必要な就業上の措置を講じるまでが会社の義務です(労働安全衛生法66条の4・66条の5)。
- 医師の意見聴取は事業場の規模を問わず義務です。従業員50人未満で産業医がいない会社は、健診機関の医師・地域産業保健センター・スポット契約の産業医のいずれかに依頼します。
- 結果は健康診断個人票に記録して5年間保存し、50人以上の事業場は労働基準監督署へ結果報告を行います(2025年1月から電子申請が義務化)。医師の意見は有所見者全員分を3か月以内に聴く必要があり、面談や受診勧奨は優先度の高い人から順に進めます。
企業には、従業員に健康診断を受けさせる義務があります。しかし、健康診断は「実施して終わり」ではありません。結果をふまえた「事後措置」までが、法令上求められる企業の義務です。本コラムでは、健康診断後の事後措置の基本を整理します。
健康診断は「実施して終わり」ではなく、医師の意見聴取(3か月以内)から就業上の措置までが企業の義務です。
医師の意見聴取と就業区分
事後措置の第一歩は、健診結果の確認と医師の意見聴取です。異常の所見があると診断された従業員については、就業上の措置の必要性について、3か月以内に医師(通常は産業医)の意見を聴かなければなりません。産業医は結果を確認し、「通常勤務でよいか」「就業に制限が必要か」「休業が必要か」といった就業区分に関する意見を述べます。
事後措置の全体像(5つのステップと期限)
- 健康診断の実施:雇入時と年1回の定期健康診断(深夜業など特定業務従事者は6か月に1回)。パート・アルバイトも、1年以上の雇用が見込まれ(契約期間の定めがない場合を含む)、週の労働時間が正社員の4分の3以上であれば対象です。
- 結果の記録と本人への通知:結果は健康診断個人票(様式第5号)に記録し、5年間保存します。本人には遅滞なく結果を通知します。
- 医師の意見聴取(3か月以内):異常の所見があると診断された従業員について、就業上の措置の必要性と内容に関する医師の意見を、健診の日から3か月以内に聴き、個人票に記載します。
- 就業上の措置:医師の意見をふまえ、必要に応じて就業場所の変更、作業の転換、労働時間の短縮、深夜業の回数減少などを行います。措置を決める前に本人の意見も聴きます。
- 保健指導・衛生委員会・行政報告:有所見者への保健指導は努力義務です。医師の意見は衛生委員会に報告し、常時50人以上の事業場は「定期健康診断結果報告書」(様式第6号)を所轄の労働基準監督署へ提出します。
「異常の所見」とはどこまでか
健診機関の判定は「異常なし」「要経過観察」「要再検査」「要精密検査」「要治療」などの区分で返ってきますが、区分の基準は機関ごとに異なります。法令上の「異常の所見」は「異常なし」以外を広く含むと解釈するのが安全で、実務では要経過観察以上の従業員をすべて意見聴取の対象とし、産業医が優先順位を付ける運用が一般的です。対象を絞りすぎて重大な所見を見落とす方が、企業にとってリスクが大きいためです。
産業医は何を見て意見を出すのか
産業医が見るのは検査数値だけではありません。同じ血圧の数値でも、事務職と高所作業者・長距離運転者では就業上のリスクが異なります。数値の程度、複数の異常の組み合わせ(高血圧+高血糖+脂質異常など)、業務内容(運転・高所・深夜・重量物)、労働時間、通院や服薬の状況を合わせて、「通常勤務」「就業制限」「要休業」を判断します。とくに未受診・未治療のまま数値が著しく高い従業員や、長時間労働と有所見が重なっている従業員は、就業制限の検討が必要になることがあります。長時間労働者への対応は長時間労働者への面接指導で解説しています。
意見をふまえた措置の実施
必要に応じて、労働時間の短縮、作業の転換、深夜業の回数減少などの措置を検討します。措置を行う際は、本人の意見も聴き、納得を得ながら進めることが望まれます。
受診勧奨とフォローの仕組み
要治療・要精査となった従業員への受診勧奨も重要です。特に高血圧、糖尿病、脂質異常症などの生活習慣病は、自覚症状がないまま放置されやすく、将来的に脳・心臓疾患につながるリスクがあります。健診結果を本人に返すだけでなく、受診状況を確認し、必要に応じて保健指導や産業医面談につなげる仕組みがあると、事後措置の実効性が高まります。
従業員50人未満の会社(産業医がいない場合)はどうするか
医師の意見聴取と就業上の措置は、従業員50人未満で産業医の選任義務がない事業場でも義務です。「産業医がいないから意見聴取ができない」という状態は、法令上は認められません。意見を述べる医師は産業医に限られないため、次の3つの方法があります。
- 健康診断を実施した機関の医師に依頼する:健診機関によっては、有所見者について就業判定の意見を出すサービスがあります。ただし、業務内容や労働時間を知らない医師の意見は一般論になりやすい点に注意が必要です。
- 地域産業保健センター(地さんぽ)を利用する:50人未満の事業場を対象に、医師による意見聴取と保健指導を無料で提供しています。利用回数や日程に制約があるため、有所見者が多い会社では全員分をカバーしきれないことがあります。
- スポット契約の産業医に依頼する:健診結果一式を渡して有所見者の就業判定を依頼し、必要な人だけ面談する形です。業務内容を確認したうえで判定できるため、実務に沿った意見が得られます。オンラインでも対応できます。
健診の事後措置に加えて、2028年4月1日からは50人未満の事業場にもストレスチェックが義務化されます。健診事後措置とストレスチェック後の面接指導を同じ医師に任せられる体制を、今のうちに整えておくと二度手間になりません。当社の全国対応のオンライン産業医では、健診結果の就業判定を単発でお受けしています。従業員が50人以上の事業場は産業医の選任義務もあわせてご確認ください。
労働基準監督署から意見聴取について指導を受けた場合の具体的な手順は、労基署から「健診後の医師の意見聴取」を指導されたら──50人未満の会社がやることで解説しています。
受診勧奨に応じない従業員への対応
「要精密検査」「要治療」と判定されても受診しない従業員は、どの会社にも一定数います。会社に受診を強制する権限はありませんが、安全配慮義務の観点から、受診勧奨をした事実と本人の回答を記録に残しておくことが重要です。産業医面談で「なぜ受診しないのか」を聴くと、時間がない・自覚症状がない・結果を知るのが怖い、といった理由が多く、面談自体が受診のきっかけになります。具体的な進め方は健康診断で「要精密検査」を放置する社員への対応にまとめています。
産業医の視点:循環器専門医が健診結果で最初に見るところ
健診の有所見で最も多いのは、血圧・脂質・血糖・肝機能ですが、就業判定で優先度が高いのは「脳・心臓疾患につながる組み合わせ」です。高血圧、高血糖、脂質異常、喫煙、肥満が重なるほど、数年以内の心筋梗塞や脳卒中のリスクは急激に上がります。加えて心電図の異常所見は、自覚症状がなくても不整脈や心筋の異常を示していることがあり、運転や高所作業など「意識を失うと重大事故になる業務」に就いている従業員では、就業制限の判断に直結します。
循環器専門医としての経験上、健診結果を「項目ごと」に見るのではなく「この人が心血管イベントを起こす確率」として束で見ることが、限られた面談枠で優先順位を付ける鍵になります。心電図異常や高血圧と言われた従業員への会社の対応は、こちらの記事で詳しく解説しています。
現実的な運用の工夫
実務上は、「有所見者が多く、どこから手をつけてよいか分からない」といった悩みがよく聞かれます。医師の意見(就業判定)は有所見者全員分を期限内に受けたうえで、面談や受診勧奨は優先度の高い対象者(数値が特に高い方、長時間労働と重なっている方など)から順に進める、面談の場を設けて本人の事情を聴く、といった現実的な運用の工夫が有効です。
優先順位の付け方の一例です。
- 最優先:要治療・要精密検査で未受診、かつ運転・高所・深夜・重量物などリスクの高い業務に就いている従業員
- 優先:数値が著しく高い、または複数の異常が重なっている従業員。長時間労働(月45時間超)と有所見が重なっている従業員
- 通常対応:要経過観察のみで単独の軽度所見。保健指導と次回健診での確認を中心に
- 全員共通:結果通知の際に受診勧奨文を同封し、受診状況を年度内に一度は確認する
この振り分けを産業医と一緒に行い、面談は最優先・優先の従業員から順に実施すれば、有所見者が数十人いても事後措置は回ります。
健康診断後の事後措置は、従業員の重大な疾患を防ぐと同時に、企業の安全配慮義務の観点からも重要な取り組みです。ハートコミット合同会社では、総合内科専門医・循環器専門医としての知見をもとに、健診結果の判定から事後措置の運用づくりまで支援しています。体制を整えたい企業は、ぜひご相談ください(料金ページ)。
健診事後措置でよくあるご質問
医師の意見聴取はいつまでに行う必要がありますか?
健康診断が行われた日から3か月以内です。異常の所見があると診断された従業員について、就業上の措置の必要性と内容に関する医師の意見を聴き、健康診断個人票に記載します。健診機関から結果が届くまでに時間がかかる場合は、結果が届いてから速やかに手配してください。
従業員50人未満で産業医がいない会社でも、意見聴取は必要ですか?
必要です。医師の意見聴取と就業上の措置の義務は事業場の規模を問いません。意見を述べる医師は産業医に限られないため、健診機関の医師、地域産業保健センター(50人未満は無料)、スポット契約の産業医のいずれかに依頼します。
健康診断の結果を会社が見てもよいのですか?
法定の健康診断項目については、会社は結果を把握し、健康診断個人票として5年間保存する義務があるため、本人の同意なく取得できます。ただし取扱いは人事担当など必要最小限の範囲にとどめ、目的外の利用はできません。法定項目以外の検査結果(オプション検査など)を会社が取得するには本人の同意が必要です。

